シツコイですがまた朝青龍のこと

昨日は広島に思いを馳せ少ししゃんとしたが、ここしばらく疲れたことばかりにとらわれウダウダし過ぎた。
そこで気持を切り替えようと、夫の部屋の大掃除。この前の検診で、主治医の先生から、「部屋の模様替えなどすると、ご主人にいい刺激になっていいと思うよ」と言われていたこともある。
といっても、たいしたことはできない。ベッドの置き場所を変えて、カーテンをすだれにしたぐらいだ。
でも物凄い汗をかいて相当働いた、という実感が。
そして夫をディに迎えにいく前のほんのささやかなひととき、熱いお茶を淹れてテレビをつける。ワイドショーで朝青龍のことをやっていた。


それを観て、もう一回書いておこうという気になった。
朝青龍のことからいくつか浮き彫りになったことがあるが、ひとつは日本の相撲という国技の伝統って意外と軽い?という気がしたこと。伝統そのものが軽いということではなく、受け継ぎ方が軽い、という感じ。
そして、朝青龍の国、モンゴルの伝統の重厚さを感じた。朝青龍は、この自国の重さこそに価値観を置いているのだろうと。それは最初からそうだったのではなく、日本に来て次第にそう感じた(洞察)ということだろうと。


ただ、現状のような受け止め方では、朝青龍、やはりほめられる器ではないなぁ。
ここは、朝青龍相撲協会もしっかり清廉に乗り越えて相撲ファンをより熱くさせて欲しいなぁ。

<追記:私はもう相撲は観ませんけどね。今回露呈でわかったものにすっかり白けました。なんかどこの世界も世俗に世俗に流れていってるんですね。肝心のことが大切にされてない。・・・言葉じゃ誰も彼もこの肝心のことをとうとうと述べていますけどね、わかってない。・・・ナンチャッテ、私も大きなことは言えませぬ>